なぜ、自分が帰郷したのか(その1)

今日も雨の中、多くの地区をまわり、老人会、婦人会等にお呼ばれされお話しました。夜はチャリティボーリング大会に出席。盛り上がりました。スコアは1ゲーム目が83!、2ゲーム目が137。ストライクかガーターか、まこと、僕の人生のようだ、と笑った人がいました(笑)。
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あいさつ回りしていて、一番、多い質問は「なぜ、ひわたしさんは武雄に帰ってきんさったんですか?」という質問です。僕は時間にもよりますが、このようにお話しています。

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亡くなったじいちゃん(享年92歳で川上地区の区長を10年、自動車学校の社長、農協の理事などやってました。)が残してくれた言葉、それが、「啓祐は自分の人生のうち、一番力がピークのとき、佐賀に帰ってきて、故郷・武雄のために尽くしてくれ。」がです。

今でも墓前で頭を垂れるときにこの言葉を噛みしめます。


今、国でも県でも市役所でも僕の世代より上10歳くらいまでが最もバリバリ「実務」の仕事をしています。

また、今回の市町村合併は武雄にとってまちづくりの最後のチャンスではないでしょうか。成功例が全国で2割しかないことを考えると、ここが勝負どころだと思います。
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つまり、自分にとっても武雄にとっても、最初で最後のチャンスだと去年の12月に最終的に腹を括りました。


さらに自分自身ですが、今まで沖縄でのコールセンターや大阪でも関西大学の誘致など、同僚職員の力を結集し、いろんな経験・実績を積んできました。この経験を東京や他の地域のためではなくて、ここ武雄で活かしたい、そう思いました。

私は今まで、東京や大阪、沖縄でいろんな種を蒔いてきた「風」でした。今、僕は、高校時代まで過ごしたこの故郷に「土」となって戻りたいと思います。故郷の土となって、老若男女・市民皆さんのお力を結集し、芽を息吹かせ、樹に成長させ、葉を茂らせ、果実を実らせたい、そう思っています。ちょうど、武雄の三樹のように。


明日に続きます。メール等たくさん頂いていますが、すみません、明日返信します。
by fromhotelhibiscus | 2006-02-14 23:55
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