幕末のダビンチ・鍋島茂義公

武雄市は江戸時代、鍋島藩の武雄領でした。そのお殿様は武雄鍋島家。名君として私たちの誇りである鍋島茂義公が、今朝の西日本新聞に大きく掲載されていました。
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このお殿様。一流の政治家であることはもちろん、偉大な蘭学者であり科学者。その先取りの精神は、未だに燦然と輝いています。この記事には、幕末のダビンチと称して、ものづくり日本の原点と重なると結んでありますが、私は、茂義公がやむにやまれぬ好奇心の塊に映ります。

私自身、武雄高校時代、当時の日本史の先生が、今ほど、茂義公の研究が進んでいなかったのですが、それでも、先生は、「私たちの郷里には、偉大なお殿様がいらっしゃった。製鉄の研究から、実際大砲を秘密裏につくっていたようで、その影響で、武雄市には今でも製鉄関連の企業が多いのもそのせい。武雄から日本の蘭学が始まり、武雄が幕末を大きく動かした。」と熱弁をふるわれていたことを思い出します。

佐賀には、大隈重信公、江藤新平公、副島種臣公など偉大な先人、巨人の存在があります。その中でも、鍋島茂義公は全くひけをとらないと、自負しています(また、薩長同盟の成立に尽力し、江戸開城に立ち会ったとされる山口尚芳公も武雄市出身です。)。茂義公をモチーフにした小説が出てくればいいなって心から思います。今日は朝から幸せな気分になりました。武雄は凄い。
by fromhotelhibiscus | 2013-06-12 22:07
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