共同通信③「わが道を行く“樋渡流”」

本題に入る前に、共同通信の配信記事の「見出し」は地方紙によっていろいろ付けられるというもの。東奥日報は、割とニュートラルに、「首長になりたい」「わが道を行く“樋渡流”」ですが、四国新聞は、「ワンマン市長」「批判恐れずまっしぐら」となっています。

あの四国新聞さん、「ワンマン市長」というのは表現として間違いなんですね。市長といえども決定権が無い。あるのは議会に対する提案権のみ。私たちの提案をやるかやらないのか決めるのは、議会のみ。議会は議決権という伝家の宝刀(表現古い?)ってのを持っています。

2年前の市長選の時、僕の中学の芸術の先生がですよ、僕を評して「ワンマン市長」と名付ける、その話を聞いて、つくづく、僕はこの類いの人たちから嫌われていると思いましたね。ま、多くの私が知っている先生はそんなことは無いんですが、人間は狭いといえども経験に支配されるってつくづく思いますよ。

ま、話がそれました。さすがに、この記事、僕の知らないことというか忘れていることばかり。釣り竿、ステレオ、クーラー、東大の英語入試のことなんてこの記事を読まなかったら忘却の彼方だったでしょうね。

今でも両親に感謝しているのは、好きなことを何でもさせてくれたこと。高校時代、不登校になったときは、母が毎朝、学校に電話していたそうですが、ほんとに僕が病気で休むとき、母が電話したら、「あっ!いつもの休みですね。」って言われたそうで、それには怒ってた。怒るポイントがずれているんですが(笑)。

僕自身、いろんなことを思い出しながら読みました。それにしても、筋野茜記者の筆力には恐れ入る。
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by fromhotelhibiscus | 2012-04-22 11:25
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