梁山泊

ちょうど、3年前。当時の総務省大臣官房秘書課のH課長補佐から、

福岡市役所に、総務省のエース小松君を出向するから、一度会っておいて。小松君知ってる?

と電話。年次も結構離れているし、小松君自体は知りませんでしたが、早速、福岡で会いました。


官僚っぽくなく、物腰も柔らかいし、なかなかの人物だなって。それ以降、福岡市役所その他から、小松君の活躍振りは折に触れ入ってきました。実際、本人は、楼門朝市にも奥さんと一緒に。

彼の2年間の勤務の直後だったでしょうか、出向者としては異例の朝日新聞に特集として掲載。そして、総務省に。ここでも活躍。

その小松君。武雄市役所のIUターン採用に応募。試験、面接を経て、合格。誤解なきように言うと、私は採用にはノータッチ。4年間で少なからずの皆さんが武雄市役所に入ってきましたが、概ね、満足しています。

その小松君が、西日本新聞にドーンと。
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私自身は、日本で初めて逆コースが始まったと認識しています。明治維新でも、戦後の高度経済成長期、平成バブルのときも、東京の人手不足のときは、地方がその人材供給源になっていましたが、ようやく、その逆コース。すなわち、東京から地方へ。

私も、国定三条市長倉田箕面市長もある意味、逆コースの黎明期の人間かもしれません。しかし、首長になるには、情熱だけではどうにもなりません。運がかなり必要。リスクも高い。そういう意味では、公務員の世界では、そのリスクはかなり少ない。

それでも、キャリア官僚というコースから、一地方公務員へ。これは珍しい。福岡の知人が、こんなことを。

多くの地方、なかんずく、市役所はなかなか人間が来なくて困っているはずだけど、武雄市役所は、小松君の他にも多士済々。羨ましい。

私としては、武雄市役所を一つの「梁山泊」にしたい。いろんな分野から意欲のある人間が集まる、そういう組織にしたいと思っています。そういう意味では、長崎市役所・横浜市役所との交流人事はありがたい。


長くなりましたが、これを書きながら、20年前に、アメリカ放浪中、ハーバード大学の中に入り込んだことを思い出しています。我が母校と違い、とにかく、老若男女どころか人種も飛び越えて激論。思わず足が竦みました。

ともあれ、新しく武雄市役所を担う諸君の活躍を期待しています。
by fromhotelhibiscus | 2010-04-26 22:41
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