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私の後はあなたしかいない。

今日(4日)付で小松政(ただし)秘書課長が辞表を提出しました。理由は、来る武雄市長選に立候補するためです。市長選は、1月4日(日)告示、11日(日)投開票です。

小松さんは、大学の後輩、総務省の後輩になります。7つ下。当然、仕事ができて人柄が良いというのは、在任中から知っていたのですが、直接仕事を一緒にしたことはありませんでした。私が武雄市長に就任した際に、彼が福岡市役所に課長として出向した時、福大の田村馨教授が引き合わせてくれました。

福岡市役所には知り合いが多数いますが、やっぱりそこでも名を上げていましたし、総務省に復帰してからというものの、熱心に、武雄市役所に出向ではなく、片道切符で来ないかと誘っていました。そして、彼は武雄市役所の採用試験を受けて、見習いからスタート。途中、東日本大震災復興財団への出向などを経て、今年の4月から秘書課長。

官民一体型小学校、武雄市図書館など主要政策については、全て、小松さんが関与。しょっちゅう相談していました。小松課長がいなければ、こういった政策は陽の目を見なかったかもしれない。それほど深くかかわっていました。

その小松さん。今、38歳。武雄市役所に入ってから5年が経ちます。そして突如降って湧いた解散総選挙。古川康佐賀県知事が衆議院選挙へ、私が佐賀県知事選へ。そうなると武雄市長が空席になります。私が出馬をほぼ決めた時点で、福岡に出張していた小松さんに「私の後をお願いできないか。私の後はあなたしかいない。ご家族で話し合って早急に結論を出してほしい。」とお願いしました。

そして、私の強い意思を受けながらも、悩みに悩んで、出馬を決意してくれました。私の知事選出馬は、小松さんの存在があったから。私の後は、小松さんしかいません。

明日(5日)午後、小松さんは、市長選出馬に向けた記者会見を開きます。ご注目ください。
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(小松さんは、向かって一番左です。歴代の秘書課の皆さんです。)
by fromhotelhibiscus | 2014-12-04 23:35

佐賀県民物語

今日(12月4日)から一佐賀県民です。何も肩書がありません。体も気持ちもかなり軽くなったような気がします。それほど、武雄市長という看板が重かったからだと今、改めて思います。そして、何よりも、私を支えてくださった武雄市民、武雄市役所の職員の皆さん、議会の皆さんに改めて感謝いたします。ありがとうございました。

今日からブログの題名も佐賀県民物語とします。いろんな思いを分かりやすく、また、ちょっと過激に書いていきます。お付き合いの程を。
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by fromhotelhibiscus | 2014-12-04 09:05

日本一の幸せな人間です

今日、市議会の辞任同意を受けて、午後から正式な知事選出馬会見、そして、夕方は退任式。僕はドライなので、泣くはずが無いと思っていたんですが、苦楽を共にした同僚職員の皆さん、市議会議員の皆さん、そして、なぜか市民の皆さんもそこに。

皆さんを前にした瞬間、泣けて、泣けて。これほど泣いたのは初めて。今日、こんなことをお話しました(秘書の石橋さんのメモです。)。あふれる感情のままそのまま言ったので、良く読むと脈絡が無い部分がありますが、そこはご勘弁を。


本当に8年8か月。昨日はさすがに眠れませんでした・・・

市民病院の民間移譲、武雄市図書館、がばいばあちゃんの誘致、弱冠36歳で市長に就任させてもらって、右も左もわからなくて、わがままも腹いっぱい言ってて、皆さんたちを困らせて。

でも度々ピンチになったときは、職員の皆さん、職員OBの皆さん、議員の皆さんに必ず助けてもらって今ここにあります。

たびたび「古川知事の後はお前しかおらんないぞ」って言われてきて、色々な方からお誘いを受けた時も、ずっと断り続けてきました。そう、 私は武雄市そして皆様の事が大好きです。こういったところで仕事をさせてもらって日本一の幸せ者だったと思います。

翻って、 就任当初に大型の企業誘致をするからと言ったにもかかわらず、景気が悪くなって円高が進んで、私は約束を破り続けているってずっと思ってきました。しかし、皆さんが知る少し前に北川部長から大同メタルが来ますと聞いた時、涙が止まらんやったです。

自分が最初に皆さんたちにお約束したことがようやく実現できた、そして、教育、福祉、様々な分野で一定の目途がついたと思っている時に、後ろを振り返った時に、皆さんの力強い姿が映って見えました。その姿は眩しかった。もう私の一定の役割は終わったと思っていました。

そして、突然の解散総選挙、そして古川前佐賀県知事が衆議院選挙に出馬をされると。そんな中、「佐賀県には様々な国家的課題がある。それを解決してほしい、それを解決するのがお前の仕事やろうもん」という切羽詰まったお話を様々な方から頂きました。流れに自分を乗せるのも私に与えられた生き方なのかもしれません。

皆さんのお陰で、武雄市という庭に大きな木をならせ沢山の実を実らせることができました。皆さんたちの力なくしてはできなかったことであります。次は佐賀県という大きな庭で、皆さん方の力を借りながら、もっと大きな木、大きな実をならせたい、それが私の与えられた責務だと私自身思います。

今日をもって、武雄市長という職を辞することになります。午前中に議会から同意を頂きました。明日からは知事選に向けて私たちの思いを精一杯有権者の皆様に伝えてまいります。皆さんと一緒に過ごした、この8年8か月を、それを財産に、精一杯頑張ろうと思います。

思いは尽きません、私は皆さんたちと仕事ができて、日本一幸せな人間です。思い残すことは何もありません。

どうかこれからもずっと武雄市の福祉の維持向上のために、健康に留意して頑張ってください。私も皆さんたちに負けないように頑張りたいと思います。 本当に8年8か月、お世話になりました。ありがとうございました。


今日から、当分の間、情報発信については、このブログとfacebookで行います。Twitterにまで手が回らなくなっていたので、この際、閉鎖したいと思います。明日(4日)から一県民、一市民として、いろんな情報発信をします。
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by fromhotelhibiscus | 2014-12-03 23:34

どこの自治体でも応用可能

今日の佐賀は寒かった。古川康衆議院議員候補(前佐賀県知事)の出陣式に唐津まで出かけましたが、雪混じりの冷たい雨。移動中、iPhoneでfacebookをチェックしていたら、以下の投稿がありました。熊本県菊池郡のMさんから。

今まで、私たち「チーム武雄」はいろんなことを手がけてきて、成功もあれば失敗もありますが、全国の皆さんにこんな風に思ってもらったらいいなって思いながらやってきました。それが後半見事に書かれているので、読んでください(少々加筆修正しています。)。Mさん、ありがとう。感謝します。


樋渡啓祐武雄市長の辞職が、明日(3日)の市議会で同意される見込みとなっています。ご本人とは、2年前、高森町で講演会があったときに、サイン会でお会いしたことがあります。武雄市民病院の民営化、自治体による通販の開始、武雄市図書館のTSUTAYAとの連携、公教育と学習塾の連携など、任期中には全国的に注目を集めた事案が連発されました。

市長のリーダーシップと市職員の努力により、武雄市は注目を集めるだけでなく、その施策に結果をもたらしてきました。佐賀県知事選とともに武雄市長選も実施されることになりますが、次の市長はこの「樋渡路線」を継承しつつ、自分の色を付けていくことになるでしょうから、なかなか難しいかじ取りを迫られそうです。

また、これらのすごいことは、現行法の中ですべてやっていること。つまり、どこの自治体でも応用可能なことなのです。私もその一人ですが、全国の自治体職員が、樋渡市長のおかげで、自治事務の可能性に気が付きました。きっと、自分の自治体で取り組みたくてもなかなかうまくいかない現実に忸怩たる思いをしている職員が、全国各地にいることでしょう。

もし、樋渡市政の功罪のうち罪を一つだけ語るとするなら、もしかしたら、そのような職員を全国に生み出したことかもしれませんね。そして、そのような職員は、自分の自治体流にアレンジして実施する意気込みと努力を求められているのかもしれません。
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by fromhotelhibiscus | 2014-12-02 18:33