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【書評】おかみのさんま 気仙沼を生き抜く魚問屋3代目・斉藤和枝の記録

東日本大震災の被災地から、震災以前、震災後、そして、今、未来といろんなメッセージが本という形にしたためられて、続々と出版されていますが、可能な限り、読むようにしています。その中では、異色の本。

おかみのさんま 気仙沼を生き抜く魚問屋3代目・斉藤和枝の記録

割と淡々と大柄な文体。明るさが押し付けがましくなく、また客観的にはかなり悲惨であっても、逆に、すっと体に入ってくるという説得力。人柄そのもの、読みやすい。テレビのドキュメンタリーで斉藤さんを見た限りでは、、明るい不屈のスーパーウーマンという感じでしたが、本を読んで少し印象が変わりました。繊細で優しく、折れやすいんだけど、気持ちが前を向いているので、辛いだろうけど、人が付いてくる。

こんな物語です。

気仙沼随一の廻船問屋として、60有余年の歴史を持つ老舗だった「斉吉商店」3代目・斉藤和枝の物語。
3.11に自宅兼本社、販売店、工場が津波によって全壊、20年以上使ってきた「返しだれ」も流れ、その歴史にピリオドを打ちかけた斉吉商店の復活劇とそれを可能にした女将がその記録を綴る。

家業として斉吉商店を継ぎ、震災を乗り越えてもなお輝き続ける彼女の生き様は、多くの人を勇気づける。彼女のバイタリティと代々受け継がれる活気溢れる暮らしぶり、そこにまつわるさんまと海、そしてそこで生きる人々。

「何もないということは、こんなに素晴らしいこと」
「みんなが笑顔で働けるだけで幸せ」
「日常の中にときどき特別な日がやってくるのではなくて、毎日続く日常そのものが特別」――。

失って気付いたものの尊さを実感しながら、今日も前を向く「気仙沼の女将」の生き方としなやかな強さを描く。



この本の妙味は、最後の4章。私たちが当たり前だと思っていることが、実はとっても愛おしく尊い。でも、あえて意地悪く言えば、これは震災以降、誰でも思っていること。でも、斉藤さんの言葉がなぜこれほどの説得力があるのかって言えば、この4章に至るまでの道のりが、震災前から、気仙沼を生き抜く、しかも、楽しく、朗らかに、という流れが一貫しているから。そして、震災後は、震災そのものが彼女を教え諭していく、そして、得た結論が、この4章へ。何もないことが生活を豊かにしてくれると彼女は言う。その意味が最後の最後で、はらりと気持ちの中に落ちていく。

これほど、生きる力を与える本はそうありません。そういう意味で、冒頭、異色の本って書きました。ちょっと、気持ちがブルーになっている方に、特におすすめです。
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by fromhotelhibiscus | 2012-04-05 21:56

武雄市の景気は底打ちか。

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これもまた武雄市だけだと思うんですが、日銀短観が出た後に、たけお短観なるものを出しています。今回で9回目。いろんな政策や予算を打つ中で、少なくとも僕は、ここに出てくる数字を最も気にします。なぜか。この数字が、電話等での事業者への聞き取り結果の総体になるからなんですね。少なくとも机上の数字じゃない。打ち出し方が派手なので、よく誤解を受けるんですが、僕らは勢いやノリで市政運営しているわけじゃないんですよね。

前置きが長くなりました。景況感は、依然としてマイナスなんですが、前回の12月調査に比べると変わらず。業種ごと見てみると、観光業、建設業が上向き。農業、飲食業が下向き。また、私自身、企業経営者や事業所に聞いてみると、歩みは遅いものの、景気がちょっとずつ回復していると聞きます。ただし、懸念材料は、原油高。

ともあれ、農業、飲食業をどうやって応援するかということで、現場の皆さんの意見を聞きながら、いろんなきめ細かな政策を打ちたいと思います。
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(円応寺の桜は、2日の午後、撮影しました。)
by fromhotelhibiscus | 2012-04-04 22:58

国会議員の給与削減

今朝のニュースで頭に来た。

国会議員の14パーセントの歳費(給与)削減がまとまらず、先送りになったとのこと

民主党は、自民党のせいにし、自民党は組織の調整がつかないなど、訳の分からんこと言っているし、公明党は、もっと削減しろって言っている。

あのね、僕はそもそも国会議員の歳費削減に関しては懐疑的。この程度下げても、財政再建に寄与する訳じゃないし、下げれば下げたで、また、ろくな金集めしかしない。その結果、ますます政策から遠ざかる。

ただ、下げる、ということを与党民主党が言っている以上は、下げなきゃ。14パーセント歳費返上でも良いと思う。自民党はいつもながら論外として、公明党も、じゃ、20パーセントなら20パーセント分を国庫に返上すれば良いだけの話。

要は、みんなやりたくないんだな。だったら、やる!って言わなきゃいいのにって思うのは僕だけだろうか。


ちなみに、武雄市は、今年から調整がつけば、個々の人件費を上げる下げるではなくて、総人件費で考えたいと思っています。ちなみに、総人件費で言えば、この6年間で30億円下げたし、市民病院分まで含めると30パーセントの職員を削減した。確かに、いろんな摩擦や抵抗もあったけど、やればできるんですよ。その浮いた分を、福祉や子育て政策にまわせる。

とまあ、こんなことを考えてましたが、原発の再開問題やこの国会議員、国家公務員の給与削減の迷走を見るにつけ、ますます、政治から民意が離れていく、そんな気がしています。
by fromhotelhibiscus | 2012-04-03 23:56

良い「親分」を見つけ、良い「子分」たれ

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新任職員への訓示は、

・市民、職員同士、元気に「挨拶」
・毎日毎晩しんどくなるくらいに「勉強」
・良い「親分」を見つけ、良い「子分」たれ、

そして、石の上にも3年。辛いことや思い通りにならないこともたくさんあると思うけど、とにかく、3年は、市民福祉の維持向上のため頑張れ、と話をしました。今後、新任職員に講話しますが、加えて、やる気の出ない(ない)人間は公務員である資格は無いから、去れ、と伝えます。うちは、公務員だからしんどい。しかし、やりがいがある職場を作り上げたいと思っています。なにせ、私を含め、公務員の給料は、市民の税金という意識を絶えず持たなくてはならない。これだけは、ずっと持っている気持ちです。

それと、親分子分ですがね、良い親分とは、部下の質問や意見にしっかり答えること、答えきれない場合は、時間をかけて探し出し、答えること、かつ、仕事を徹底的に覚えさせること、そういう親分に対して、しっかりついていくこと。良い子分にならない限り、良い親分にはなれません。そういう意味では、僕は、最初の親分が、阪本さんと言って何から何までものすごい係長さんでした。歳は5つほどしか離れていないのに、神様のようでした。その阪本さんから徹底的に鍛えられ、怒られ、しごかれました。今、自分の限界もそうですが、マネジメントができるのも、良い親分だったおかげです。


部長、課長級の職員に対しては、

・思い切り、思う存分仕事をしてほしい。任期中に、課題懸案は片付けてほしい、先送りはダメだ、

と。最後に、杵藤広域圏組合の職員には、

・100の議論より1の実行、
・スピードは最高の付加価値、
・できない理由よりできる理由を見つけるように、

と伝えました。


とまあ、エラそうなことを連発して言いましたが、これは全部自分に言っているようなものです。今年度は、武雄市政始まって以来となる、のるかそるか大仕掛けをいくつか行いますが、今のうちの職員ではそれをやり遂げることができると信じています。ご期待ください。
by fromhotelhibiscus | 2012-04-02 22:34

高槻はやっぱり最高だった。

今日は、楼門朝市。その後、若木町婦人会総会。震災瓦礫の話をメインにしました。このBlogが書き終わったら、庭木ダムの花見、シルバーケア武雄の花見などに呼ばれています。

さて、昨日は、高槻にいました。僕も深く関わっていた、JR高槻駅前の市街地大規模開発。そのお披露目の式典が。あいにく雨だったので、エリア内の関西大学で行われました。
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ちょうど、9年前の今日。総務省から出向という形で、高槻市役所の市長公室長(企画広報部長)に着任しました。右も左も分からない私を、当時、立花理事、伊藤主幹、そして、財務部長の畠中さんほか皆さんが、よくサポートして頂きました。公私を超えて、皆さんとは、仕事しまくり、遊びまくり、しょっちゅう、京都を始め、いろんなところに出かけてました。2年8か月思い切り仕事をさせてもらいました。

時には、進める政策で対立もしましたが、高槻市を良くしたい、しようという気持ちは同じ。皆さんが退職しても、そして、僕が武雄に戻ってからもずっと付き合いが続いていました。

このBlogでも紹介しましたが、関西大学の誘致は、私の存在無くしてできなかったでしょうが、一方で、僕だけいてもどうにもならなかった。僕は、確かに、協調性も無い、集団行動もできない、そんな人間ですが、仕事をする上で、チームの大切さ、人の力を引き出すことは、高槻市役所で知りました。同時に、仕事は人間を大きく成長させると。そういったことを学びました。
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そして、僕が市長選でこの大規模再開発事業を途中で降りたとき、大きな混乱が起きたそうですが、これをバネに、僕が作ったスキームよりもさらに良いスキームを作ってくださったのも、この高槻市役所で一緒に働いていたチームの面々。そういうメンバーと再会できたのも嬉しかった。梅ちゃん、荒井さん、倉橋さん。

そんな中で、最も、喜んでおられたのが、事務局長を務めている畠中さん。名物部長として名を馳せ、退官後は、この再開発の事務局長。途中、病魔に侵され、しかし、気力で復活し、これだけの事業をたった2年で完成させる。畠中さん無くしては、この大事業はできなかった、僕はそう思っています。お疲れさまでした。

僕はそんな皆さんと、30代の半ば、ともに仕事ができたこと、心から誇りに思っています。そして、皆さんに成長させてもらいました(あんまり変わらないと言われそうですが(笑))。ありがとうございます。

追伸)会場で、辻元清美さんと、震災がれきの話を始め、いろんな政策の話をしましたが、思った以上に柔軟な方でした。やっぱり、応援すべきは、党ではなくて、個人ですね。
by fromhotelhibiscus | 2012-04-01 11:04