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【重要】第3次タウンステイ構想〜長期の支援策〜

今日は、第3次タウンステイ構想を記者リリース。リリース内容はこちら

概要はこちら。

地域、集落、コミュニティを一体で受け入れ

地域、集落、コミュニティを一体で受け入れ、コミュニティを維持
空き庁舎を提供し、被災地の行政機能も併せて受け入れ
近隣の学校、病院、福祉施設、商業施設等とも連携し市挙げて受け入れ

応急仮設住宅の建設(100戸程度)

被災者の長期的な避難、居住のために建設(1戸30㎡程度×100戸)
市有地を仮設住宅建設用地として確保(北方小学校南側、約7,000㎡)
着工は、被災県から佐賀県への支援要請が前提(災害救助法第35条)

生活支援助成金の給付(30万円程度)

被災地からの移動費、住宅入居準備金、生活費助成金など総合的に支援
1世帯(4人)で市営住宅等に入居の場合、最高34万円を支給(入居月)



全国では、佐賀県や武雄市が先導した結果、1〜3か月の短期受け入れ計画は、ほぼ出そろっているんですが、中期(3か月から1年)や長期(1年以上)はまだまだですね。

あくまでも私見ですが、中期は、短期の受入プランを延長(短期+短期+)していけば、被災者の方々も受け入れの私たちも、対応できる可能性が高い。しかし、長期になると、別の哲学がいる。

その最大のポイントが、「地域、集落、コミュニティを一体で受け入れ」なんですね。そこに、利便性が高く、まとまった土地に、「応急仮設住宅の建設(100戸程度)」、被災者の方々に、最初のひと月に、「生活支援助成金の給付(30万円程度)」を行う。

この3次の構想で、数字と具体的な場所を書き込んで提示しました。もちろん、雇用の確保など極めて重要な要素がありますが、決まり次第、改定していきます。その辺はこちらをどうぞ↓。




今日、被災地の自治体の職員の方、実際、千人を超す受け入れを行っている被災地近隣の町長から電話がありました。その町長ですが、自分たちの町も少なからず被災を受けているし、そもそも、キャパシティが足りない。

町長曰く、遠く離れた武雄市が、具体的なプランを出して、最初は不思議だと思ったんだけど、自分たちの町で対応ができなくなって、被災者の皆さんへの福祉の維持ができなくなった場合は、武雄市を紹介して良いか、ということだったので、どうぞ、と申し上げました。

私たちのモデルが、完璧かどうか分かりません。ただ、これを一つのたたき台(β版)として、全国に広まってほしいのです。受入の負担が、被災地の近くだけにとどまるのは良くない。日本全体で分かち合わないと。そのためには、数字や場所といった具体的なプランが必要です。

これを実行するのは、行政(市役所)では無理です。かといって、政治(議員)でも無理です。それができるのは、行政と政治とクロスリンクしている基礎自治体の首長だけ。ともに、頑張りましょう。そうそう、市長会ってこういうのを議論するところじゃないのかな。3月11日以降、開かれないし、そういう市長会だったら要らないよね。
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by fromhotelhibiscus | 2011-03-31 23:10

批判はしない、できることをやる。

今朝の西日本新聞の社説に、「(被災者の方々の)受け入れ態勢は多角的に」というテーマで、長崎県と私たち武雄市の例が紹介されています。大体、皆さんも同じだと思いますが、新聞の社説って普通、読みませんよね。

僕は仕事柄、読まざるを得ないんですが、大震災後、多くの新聞の社説は、当たり障りのない総論(理念)、政府や東電の批判など、現場を知らない机上の空論が多い。その中で、野武士の集まりである西日本新聞は、全部が全部と言いませんが、割と「具体例」を示してくれることが多い。武雄市独自のコミュニティバス「みんなのバス」もそのスタートは、僕が西日本新聞の記事を見たときから始まります。

閑話休題。その社説で、私が「市町村単位まで広げて被災者を受け入れることも想定すべきだ」と一貫してお話ししていることを、具体例を含めて紹介しておられます。
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僕は思うんです。現時点で、批判は批判であっていいと思います。しかしね、そればかりじゃだめ。今日も多くの市民とお話ししたけど、私たちも何か手を差し伸べたい、でも、どうしたら良いのか分からない、という声。他の自治体の職員と話していても、自治体として何をやっていいのか、分からない、という声。

そういった中で、マスコミの使命は、長崎県や佐賀県武雄市の例のように、「具体例」を示すこと。そうなれば、被災者の皆さんも安心されるし、各自治体は、自分たちにできることは何だろうかって動く。その結果として、西日本新聞が言う「受け入れ態勢は多角的に」となっていく、僕はそう信じています。


昨晩、KBCニュースピアに緊急生出演しました。武雄の「生」の声が伝わると思います。取材に来られた武藤キャスター、この方の取材力が大きい。



今日のメインは、宮城県から佐賀県への要請により、武雄市からも、宮城県気仙沼市へ職員を派遣するんですが、その出発式を行いました。自ら志願してくれた一ノ瀬さん、森さん、上田さん、ありがとう

私たちは、受け入れに際しても、職員派遣に関しても、できることを、迅速かつ最大限、して参ります。同じ日本人として、同じ時代に生きている者として、何をすべきなのか、何ができるのか、これからも、とにかく動き、提言していきます。
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by fromhotelhibiscus | 2011-03-30 20:10

今日18時半 KBCニュースピアに緊急生出演

今日は被災者支援課と、今後の受入態勢の協議。確かに、まだ受入自体が武雄市だけでたったお二人じゃないかっていう声も市内外から上がっています。しかし、僕は意に介さず。

というのも、昨日の午後は4時間かけて、市内300軒を地域訪問。少なく見ても20軒のご自宅や3つのマンションには、東北地方の車のナンバーが。僕が確認しただけでも、いわきナンバー、福島ナンバー、宮城ナンバー、仙台ナンバーが。

それら東北ナンバーのとまっている自宅の方に聞いてみたら、やっぱりでした。原発、津波、地震のため、避難をされている親戚の方。義理の娘さん家族の避難が多かった。あるご家庭は、家族3人に避難の方々6人でした。見た感じ、さすがに、半年以上の滞在は厳しいだろうなあって勝手に思いました。

そこで、こういった地縁血縁で今、武雄の縁者に避難されている方々が、おそらく、武雄市が用意している、プライバシーが確保された公営住宅や医療連携が約束されている新武雄病院(旧市民病院)等にお越し頂くのかなと。もちろん、周辺市からも。
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しつこくブログでも、ツイッターでも書きましたが、1〜3か月の滞在を想定した「第2次武雄市タウンステイ構想」を改定して、1年以上の長期滞在を視野に入れた構想を打ち出す必要がある、ということで、被災者支援課に内容を詰めるように指示しました。

ポイントは、孤立しないような一定のコミュニティでの受け入れも想定。その際に、市町村合併で空いている庁舎を被災を受けた役場にそのまま提供。その際、役場の近くに、お住まいとなる復興支援住宅(まず、仮設住宅)を用意する。望ましいのは、学校、病院、福祉施設、ショッピングセンター、商店、飲食店が近くにあること。武雄市ではいくつか想定しているところがあります。被災者の方々にとって日々の生活を送りやすいという意味で、ベストなエリアを打ち出します。さらに、30万円程度の支度金を用意する方向で最終調整中です。

その上で、お越し頂く方々に、既に、移動費を全額お支払いする制度も設けています。


なぜ、武雄市がそんなに一生懸命やるのか、って結局放映されなかったNHKの取材にも答えましたが、阪神淡路大震災のとき、私はとある地方で働いていました。そこにも、多くの被災者の方々が。しかし、私が見ていた限り、多くの方々が、受け入れ側と不幸にしてそりが合わずに失意のもとに離れていった現実。被災者の孤立化/孤独化が主な原因でした。私が受け入れの担当をしていた訳ではないんですが、あの当時の経験が強烈な反面教師となって活きています。だから、お越しになる前にしっかり準備をしておく。

さらに、これはいろんな取材に答えていますが、私たち武雄市が応用可能なロールモデルを作る。現に多くの首長さん、市役所の皆さんが本音でどういう対応していいのか、悩んでおられます。そういう中で、我々は、この際、100の拡散した議論や会議よりも、1つのロールモデルを作ろうと思っています。

九州はある意味、被災地東北関東からすると、対岸です。しかし、我々は小さくても対岸の灯火、希望の灯火でありたい。その灯火が対岸で連なり、全国に広がっていけば、と心から願っています。


余談ですが、市長は平時のときは不要かもしれません。公務員で固められた市役所だけがしっかりやっていればいいと思う。しかし、こんな未曾有の状況下では、市長の役割は極めて重要です。政治家である市長だけが「決断」することができる。これは、被災地の首長もそうなんですが、受け入れる側の首長も同じだと思うんです。とにかく、受け入れることを覚悟し、決断し、実行することが必要。

その際の菅総理の役割は、特に原発付近の自治体には避難命令を出して、集団疎開を強力に推進することだと思う。あとは、古川知事や橋下知事が言っているとおり、自治体同士で具体的な受け入れを詰めれば良いと思います。手遅れにならないように、祈るのみです。事が起ってからは遅い、パニック状態で移動も何もままならない。精神的な体力のあるうちに、ハンドルを切る、これはトップでしかできない。


明日(29日)は、KBC九州朝日放送のニュースピア(18:30~19:00)に緊急生出演します。武藤キャスターが武雄市に今日取材にお見えになっていました。以上のことを語りたいと思っています。ぜひ、九州にお住まいの方はご覧下さい。
by fromhotelhibiscus | 2011-03-28 22:00

集団疎開の大号令を②

昨日の続き。佐賀県が、古川康知事のリーダーシップで、いち早く3万人の受入、武雄市では、軌を一にして、人口の4%に当たる2千人の受入を表明。その内容は、武雄ではタウンステイと名付けましたが、1か月から3か月のショートステイ。武雄にも被災された方々が実際お越しになるなど、全国でその動きが広まっています。全国で19万7千人とのこと。

しかし、報道のとおり、いや報道以上に、今回の大震災は、地震、津波、原発という複合的かつ深刻な被害。しかも、首都機能の大幅な低下まで含んでいる。原発関係(風評被害を含む)で、農作物や水にまで影響するなど今までの尺度では推し量れない状況。しかし、霞が関の官僚連中と話すと、関東大震災後や阪神淡路大震災の復興をモデルにしたい、という、僕から見れば、ピントのずれた発言。

例えば、関東大震災の場合は、首都東京の機能回復という大方針があって、そこにありとあらゆる資源を投入しました。しかし、今回の大震災は違う。復興後の長期間、戻れないところがかなり多く出てくると思う。


そこで、提言。

被災に遭わなかった自治体は、今の武雄市のような最大3か月のタウンステイ計画を立てるべき。これと平行して、3か月から1年の中期受け入れ計画、1年以上の長期受入計画を作るべきだと思うんです。例えば、中期計画は、最大3か月計画の延長でいいかもしれませんが、1年以上となると単純な延長は無理。

最初、僕はコミュニティレベルでの疎開を想定してましたが、たとえ、一カ所の公営住宅にお越し頂ければ別ですが、同一市内でも離ればなれになると、多くの皆さんは地元の皆さんは間違いなく孤立する。受け入れる方も疲弊する。

となれば、最小単位は、町や市なんですね。大きい市は大きい市を、小さい町は小さい町を受け入れることを想定。そうなったときに、必ず必要なのは、被災を受けた市や町の「役場」機能。やっぱり、役場と町民の心理的距離は近いので、住民票の交付、住民相談などはその役場にやっていただく。今日、原発近くの大熊町が、同じ福島県に集団移転を決めましたね。しかし、同じ県でどんどん受け入れるのは、財政的にも無理がある。その受け入れそのものを全国に広げる必要があると思うんです。

そこで効いてくるのが、市町村合併で空いた役場の庁舎。自治体の数が1700強と昔の半分弱になってます。しかも、西日本が合併が進んでいる。武雄市では、3つの自治体が1つになったので、単純計算で2つが余っている。

この空き庁舎に、疎開されてくる役場にそのまま入って頂く。その周りに、復興支援の(仮設)住宅をつくる。もちろん、家賃はタダ。周りに、病院、学校、ショッピングセンターがあるのが望ましい。雇用は、国の緊急雇用の助成金でカバーしつつ、例えば、自動車、通信等の大企業・工場が集約立地し、一定の雇用を確保する。田畑を提供するというのも考えられる。


しかし、全国の自治体が被災されたあの町をお迎えしたい、あるいは、四国のあの市に行こう、ということにはならないので、ここで国が、受け入れの市町村と被災した市町村のマッチングを、お互いの意思をある程度、尊重した上で、行うこと。これが大号令として打ち出すことができるのは、菅総理、あなたただ一人しかいません。あとは、橋下知事も言っていますが、地方公共団体同士、調整すればいい。


今晩のNHKニュースで流れていたように、確かに、町が丸ごと移転するというのは、住民感情として厳しいと思う。であれば、例えば、武雄市に1年以上疎開するのであれば、本庁は市長とともに、絶対に残りたい、残らなければいけない最小限の皆さんと残り、武雄市への移転は副市長と市民皆さんが移り住む「分庁」方式にする方法もある。

被災地の仮設住宅に入れるメドとなる1年が経てば、順次戻るという選択肢ももちろんあるし、それが多くの住民の皆さんの望むところだと思います。しかし、プライバシーも無い、病気の蔓延の可能性がある避難所では長期間は無理、これは、僕は見てきたからよく分かる。だって、福島では、夕方16時には体育館の中はわずか5℃ですよ。5℃。その後の、梅雨時、どうするんですか。


武雄市では、被災者の皆さんの選択肢の一つとして、来週、「2次避難」のための具体的なプランを出します。復興支援の仮設住宅の建設、一世帯あたり、数十万円の支度金(金額は詰めています。)がメインになります。
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既に、武雄市や佐賀県が全国に先駆けて打ち出した具体的な受け入れプランが全国に思った以上の速度で広がっています。これもまた全国に広まることを強く期待します。ある意味、全国規模の善意の競争になればいい。

武雄市は、温泉もあるし、気候も暖かいし、人もいい。これを観光のポイントとしてだけではなく、温かい心のこもった受け入れの大きな要素として考えたい。武雄市民のご理解とご協力をお願いします。
by fromhotelhibiscus | 2011-03-26 23:59

集団疎開の大号令を

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今日は、かなり大胆なことを書きます。孫ソフトバンク社長と一緒に福島県を訪問したときに、田村市総合体育館の被災者の方々のところへも伺いました。まず体育館前にはこれ以上の被災者の皆さんは受け入れられないという張り紙が。中に入ると立錐の余地も無いほどの皆さんが。660人の皆さん。最高齢92歳の女性。気丈に振る舞われていましたが、さすがに、色濃い疲労の影が。

物資は私が見る限り段ボールも積み上げられているほどだったんですが、風呂は自衛隊が用意した一つだけ。孫さんが先程のNHKの番組で言われていましたが、病気が流行りやすい環境にあるのは間違いない。しかも、パーテンションが無く、布団が敷き詰められていて、僕らが行ったときは、被災後10日ほど。多くの皆さんが、市役所はよくやっている、一日でも早く戻ることを期待している、など前向き。その一方で、僕に声をかけてきた30代の女性は、「ほんと、原発が怖いんです。どこか遠くに行きたいんですが、足が無いし、私ら家族だけでは不安で。」。

当日、ツイッターでも書いたんですが、2時間弱体育館にいました。体育館を出たのが夕方4時。体育館の中も、寒いのなんの。ここにいつまでおられるのか、と思うと暗澹たる気持ちに。心からお気の毒に思いました。


この体育館は、福島第一原発から50キロ以内のところにあります。いつ何時、どうなるのか、というのはどんな専門家でも分かりませんし、ましてや首長を含む政治家はもっと分かりません。

ではどうすればいいのか。短期的な避難は、個人、家族単位でいいと思うんですが、これは地震、津波、原発、いろんな要素で少なくとも1年以上かかる場合は、言葉はともかく、集団疎開しかないと思う。しかも、この場合、コミュニティ単位ではなくて、もう、町や市ごと。町や市ごとです。

しかしね、これって、現地の市長は決断できないですよ。僕も福島でいろんな首長と話をしましたが、これは酷。そこで、大事なのは、総理の大方針なんです。しかし、今夕の記者会見では全くそのことには触れず、ほんとにいいのかと思いましたよ。しかも、官房長官が福島第1原発から半径20~30キロ圏内で屋内退避する住民に自主避難を呼び掛けたが、これははっきり言って無責任ですよ。体力的にも精神的にも自主避難できない高齢者など弱い皆さんはどうするんですか。

親友の高井崇志衆議院議員から聞きましたが、中国の四川大地震のときは、国家の意思で、被災した市をそのまま他の省に移したとのこと。今どうなっているのか、分かりませんが、少なくとも、そこには国家の意志が働いている。

重ねて、言います。総理、平成の集団疎開の大方針を示すべきときですよ。宮城県知事が言っているように、全員が仮設住宅に入るまで1年はかかる。しかし、その1年を身寄りを頼って、あるいは、他県の、他地域に頼るのは、受け入れる方もかなり疲弊する。

だとすれば、被災を受けていない大部分の市町村がどうすればいいのか。前振りでかなり長くなったので、その実行可能で具体的なプランを次回書きます。被災者受け入れは短期、中期、長期と考えるべき、まずそこから書きます。
by fromhotelhibiscus | 2011-03-25 23:59

児玉太郎facebook日本代表、武雄に

前々から会いたいと思っていた一人、児玉太郎さん、そうfacebook日本代表の児玉さんが、武雄市役所へ武雄市のホームページをfacebook化していることもあり、前々から注目されていたとのことでした。
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今日は、地域とfacebookを融合させたい、という話。大震災とフェイスブックの関係、今年の春か夏に開催する日本フェイスブック総会のお話など。児玉さんを呼びたいと思っています。

もともと、児玉さん、yahoo! japanにおられたのは有名な話なんですが、Yahoo!と関わりの深い孫ソフトバンク社長の話をすると、これまた盛り上がりました。すっかり意気投合。


孫さんと、児玉さん、世代は違えども、共通点があります。

それは「強烈な信念」。孫さんは情報革命、児玉さんは実名によるSNS。

それは「圧倒的なスピード」。はっきり言ってこの人たちは考える前に動いている。

これは孫さんに強く感じたんですが、「底知れぬ柔軟性」。外見や発言を聞いているとかなり頑固だと思っていたんですが、これは完全に外れ。そして類いまれなる「ユーモアセンス」。

日本を代表する経営者とはかくなるものかと慄然としました。
by fromhotelhibiscus | 2011-03-24 23:19

福島から戻りました

今日は怒濤の一日でした。緊急車両で東北自動車道を北上。福島に近づくにつれ、バウンドの個所も。インター降りたら、思った以上に整然で、さすが、福島県民だと思いました。ランチのお店も開いているんですが、ただ、クローズしているガソリンスタンドに長蛇の車の列。早く解消されるように願うばかり。

孫ソフトバンク社長と、佐藤福島県知事のもとへ。概要は佐賀新聞からです。
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東日本大震災で被災し原発事故の対応に追われる福島県に、佐賀県は22日、知事特使として樋渡啓祐武雄市長を派遣、県民挙げての被災者受け入れを伝える親書を佐藤雄平福島県知事に手渡した。県によると、震災発生後、県内でいち早く被災者受け入れを表明した樋渡市長を特使に任命。樋渡市長は佐賀県が3万人規模の受け入れ準備を進めていることを伝え、佐藤知事は「佐賀県の申し出をありがたく感じます」とお礼を述べたという。

手渡した親書は震災被害をお見舞いし、事態収束と復興を祈念。仮設住宅ができるまでの一時的な避難先として、佐賀県内では既に8609人分を公営や民間施設で確保したことを紹介。現在のコミュニティー維持を考慮し、50~100世帯単位で生活できる場所を用意しているとした。

親書伝達では、福島から佐賀への避難者に携帯端末提供を提案している孫正義ソフトバンク社長も同席。孫社長は震災で両親を失った子どもたちに無償で携帯電話を貸与し、18歳になるまで通信料金を無料とする方針を表明。また、被災現場に駆けつけるボランティアに、これまで約2万台の携帯を無償で貸与していることも明らかにした。



一路、田村市総合体育館へ。660人の大熊町の被災者の方々が。様々なお声を孫社長と一緒に聞くことができました。健気に頑張っているお姿に強く感銘。一刻も早い事態収束を願うのはもちろんですが、長期化が予想される場合、古川知事が進める3万人の被災者の皆さんの受け入れ、武雄市での2千人の受け入れをぜひご活用して頂きたいと、心底思い、可能な限り、その旨、直接、お話ししました。その後、大熊町長とお話。
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田村市役所へ。田村市長とお話。孫社長仲介のもと、災害姉妹都市締結で基本的に合意。災害が起きた場合、避難やさまざまな応援の方針が書き込まれると思いますが、明日から早急に細部を詰めます。市役所を出る頃には、寒く、薄暗かったのですが、心から、被災された皆さんに頑張ってほしいと思いましたし、早く、佐賀県にお越し頂きたいと改めて思いました。


往復8時間。福島滞在5時間。東京に戻ったのはかなり遅く、それから、打合せ。孫社長には多くのことを教わりました。明日は早朝から、田村市長と電話会議です。

改めて、被災された皆様方にお見舞い申し上げます。私の友人を含め、お亡くなりになった方々に対してご冥福をお祈り申し上げます。
by fromhotelhibiscus | 2011-03-22 23:59

【報告】今日、孫ソフトバンク社長と福島市へ。

先ほど、岡山を経由して東京に着きました。

今日(22日)、古川康佐賀県知事の親書を携えて、佐賀県知事特使として、佐藤福島県知事にお目にかかりに参ります。孫正義ソフトバンク社長にご同行願うことになっています。

古川知事からは、ツイッターに書いておられますが、「明日、福島県に私の特使として樋渡武雄市長が、ソフトバンクの孫社長と一緒に行ってくれることになりました。被災者の方を佐賀県として喜んで受け入れる旨の私の親書を佐藤福島県知事に渡していただくことになっています。」と。

加えて、私からは、佐賀県の被災者の方々の受入れ3万人のうち、武雄市では2千人の皆さんを喜んで受け入れる旨を佐藤知事にお伝えします。

受け入れる側の一人として、また、責任者として、直接、古川知事の熱いお気持ち、そして、私の生の声を佐藤知事を始めとする福島県の皆さんにお伝えしてきます。行って参ります!!
by fromhotelhibiscus | 2011-03-21 23:50

【報告】受入可能人数:1008人

今日も休み返上で、被災者支援課は電話応対に会議に打合せ。頑張ってくれました。

今日現在で、受入可能人数が1008人となりました。たったの3日で、目標2000人強の約半分。来週中には、目標を達成するかもしれません。被災者の皆さん、こちらをご覧ください
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現時点で、39人の市民の皆さんが被災者331人の方々の受入れを行って頂きます。この場を借りてお礼申し上げます。さらに、今日は新武雄病院から100人の皆さんの受入れを行うと、鶴崎巨樹の会理事長からの申し出。ただ、こちらは、6月1日の新病院棟移行に伴う、現病院(旧市民病院)での対応となります。鶴崎理事長とは明日も会い、さまざまな協議を行います。医療面でのサポートも可能となります。これは大きい。


しかし、それにしても、武雄タウンステイ構想を打ち出して3日間なので仕方無いかもしれないんですが、佐賀県の3万人受け入れを始め、まだ、被災地に届いていないようです。武雄市全体の受け入れ態勢は、市民、市役所、市議会の皆さんのおかげで、全国にも冠たるものが最速で出来上がりました。

今、率直に言って、私自身、一刻も早く、被災地に出向いて、直接、被災者の方々に、フェイスtoフェイスで武雄市にお越し頂くようご説明に上がりたい、そして、多聞第一。お邪魔にならない範囲で、何が武雄市、他の地方自治体、九州がお役に立てるのか、直接伺いたいと思っています。これから関係機関の許可を取るなど調整をします。
by fromhotelhibiscus | 2011-03-19 23:31

【重要】2千人の皆様を受け入れます〜第2次武雄タウンステイ構想〜

古川康佐賀県知事と連動しながら、今日、武雄市全体で2000人以上の被災者の方々の受け入れを決定し、公表しました。

このため、1000人の被災者の方々を受け入れる「武雄市タウンステイ構想」を改定し、「第2次武雄市タウンステイ構想」とします。

市民の皆様、関係機関の皆様のご理解、ご協力を切にお願い申し上げます。


支援内容は、

・ホームステイの受け入れ(500人)

  被災者の方々をホームステイで受け入れます。受け入れは最短2週間となります。

・公共施設、住宅の提供(1300人)

  市営住宅、自治公民館、市内の国・県・市の施設、公共的な施設、その他受け入れ可能な施設で被災された方の生活を支援します。

・旅館、ホテル、その他の民間施設での受け入れ(350人)

  市内の旅館・ホテルに対し、受け入れをお願いしています。受け入れをしていただく施設には一定額の補助金をお支払いします。

・学校への児童生徒の受け入れ

  市内の幼稚園・保育所・小中学校で学ぶ場を提供します。

・移動費用の助成

  義援金等を活用し、被災地から武雄市までの移動費用を助成します。


武雄市にタウンステイを希望される方は、

被災者支援課 Tel 0954-23-9122
又はメール(hisai-sien@city.takeo.lg.jp)

でお問い合わせください。心からお待ちしています。


私たち、武雄市民にできること、それは、できることを確実に行うことです。ホームステイの受入れをしてくださる市民の皆さんも、上記連絡先に一報ください。お願いします。明日から週末ですが、私や被災者支援課は対応いたします。
by fromhotelhibiscus | 2011-03-18 22:56