2011年 02月 28日 ( 1 )

発進する首長

昨日(27日)、稲富県議の事務所開きということもあり、かなり朝早く、自宅の新聞受けに新聞各紙を取りにいったら、びっくり。佐賀新聞の一面に、どかーんと、僕の写真が。何かあったのかなと思ったら、発進する首長で載ってました。暴走する首長じゃなくて良かった。
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3週間くらい前に、古川記者が私のところへ。1時間強取材。かなり突っ込んだ質問で、こちらも、丁寧に答えました。その結果が、この特集。手厳しい批判の部分もありますが、私としては、評価しています。

武雄市の男性(59歳)のコメントが。

議会やブログを通じ、病院民営化の住民訴訟会見に同席した共産市議を名指しで批判するなど、時に攻撃的な一面を見せる市長の姿勢に「いろんな考えの人たちをまとめるのがリーダー。壁に追いやり、とげのある言葉で責められたら、後が怖くてものが言いづらい雰囲気にならないか」


心配ご無用ですよ。私は、自分よりも同格か強い人にしか、峻厳な言葉は投げません。官僚時代からそうですが、一貫して、弱い立場の方々と同じステージにともに立って物事を考え、発進してきました。じゃ、強い人って何なのっていうことになりますが、一定の権力、決定権を持つ、広い意味で公的な人間です(分かりにくい?)。

この定義に立てば、政治家、自民党、民主党、共産党など公党、医師会、医師などがその対象になります。しかし、いたずらに批判したりはしません。良いことは良い、悪いことは悪い、と言います。僕も間違っていること多々あります。しかし、その判断は、市民であるべき、そう思ってますし、究極の判断は選挙だと思っています。僕が間違っていれば、選挙で落とせばいい。

僕を評して独裁者、ワンマンとの評価。昨年の今頃、市長選でさんざん言われました。笑って聞いてたけど、カダフィ、ムバラクなどと違って、僕は秘密警察も軍事組織もありませんよ。バズーカー砲も無い。4年に1度必ず選挙がある。僕の場合は途中1回増やしたけど、それはともかく、選挙という洗礼がある。

そんな中で、原口たけのこ維新の会も、子ども手当への自民党の反対も、医師会の県議選介入も、そして、何度もしつこく書いている平野/江原名コンビの住民訴訟問題も、一つの共通点があります。

それは、一定の権力を持つ人、人たちが、周りを省みずに、自分らの利益のためにやっていること。これには、声を上げる必要がある。戦う必要がある。これを戦わずして、政治家として禄を食むということは許されない、と確信しています。しかし、批判する際は、許される限り、僕は対案を出す。これもまた政治家の責任です。

清濁併せ飲め、という人たちもいます。しかし、それは現代にあっては死語です。これだけオープンな社会で、清濁併せ飲むというのは、説明責任を放棄したことになる。しかも、清濁併せて飲んだら、精神的に下痢をする。良いことは良い、悪いことは悪い、私はありとあらゆる場で、自分の言葉で発進します。もちろん、批判には耳を傾け、そのとおりだと思ったものについては、しっかり取り入れます。

そういうプロセス、議論を経ながら、リーダーとしてまとめる必要があれば、まとめていく。それが僕の信条です。
by fromhotelhibiscus | 2011-02-28 23:04