コシカケ市長

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この頃、こういう話が私の耳に入ります。それは、「私が市長を一期で辞めて、次は国政を狙う」、「市長は踏み台でそんな人に任せられない。」という類のもの。

私の思いは、既に公的な場で述べましたが

まちづくりは人づくりで同じで10数年かかる。これがワン・スパン。湯布院でも黒川でも全国的にうまくいった例もことごとく10数年かかっている。私は、新・武雄のまちづくりがそのようになるまで、民意が前提ですが、まちづくりの舵取り役を任せていただきたい。国政にも県政にでも出る気はさらさら無い。骨を埋める覚悟で取り組みたい。

これが僕の持論であり、決意です。市長はそれくらい重要なポジションです。もとより、私には帰る場所が東京には無いし、帰る場所はここ武雄をおいて他にありません。


僕は悲しいのです。

なぜ、覚悟を決めて退路を断って帰ってきた人間に対して、こんな冷たい言葉しか流せないのか。武雄はそういうところだったのか。もし、コシカケというのならば、市長という職業への冒涜ではないのか。さまざま悲しいことが胸を過ぎります。

もし、政策論争だったら、私も行政で経験を積んできたので、受けて立てます。しかし、「コシカケ市長論」は受けて立ちようがないのです。

ぜひ、こういうデマが届いたにしても、聞き流してください。また、むしろ、広めてください、僕の思いを。
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武雄、そして武雄の人が大好きな一人のコメントでした。
by fromhotelhibiscus | 2006-04-05 23:44
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