熊本城マラソンは百点満点で2万点。

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走ってきました。第一回熊本城マラソン2012。僕は公式フルマラソンを走るのは2回目。もはや伝説の域まで達した第1回の大阪マラソン2011以来。当時の橋下大阪府知事の肝いりで始まったこのマラソン。マラソン大会に関しては、正直言って目が肥えています、僕(笑)。ウルトラマラソンをも走る、武雄に居住の地を移してしまった屋良ゆうさんと一緒に走りました。

結果、素晴らしい。寺崎副市長には申し上げましたが、百点万点中2万点。なにが凄いかというと、ボランティア、熊本市民の方々のホスピタリティの凄さ。これは大阪マラソンでも感じましたが、地域の皆さんが、とにかくもてなそうというお気持ちがダイレクトに伝わってきました。あと、地区ごとに盛り上がりが楽しい。特に、川尻地区というところは、爆発していました。子どもたちのハイタッチにも感動。

コース自体も素晴らしい。市街地、農園、大橋、河川・・・。飽きないですね。大阪マラソンでは絶対にかなわないのが、最後のゴール。熊本城マラソンはその名のとおり、二の丸がゴール。最後の坂は両脇に応援の方々がびっしり。そして、最後のゴールは痺れます。

あと、目立たない事ですが、例えば、「トイレまで500メートル」「給水・給食まで500メートル」というように、案内がしっかりしていました。屋良さんが言ってましたが、第一回とはとても信じられないし、徹底的に他の大会を研究し、十分に準備しているのがよく分かったと。僕も全く同感。


僕自身は、5時間29分、完走。大阪マラソンが4時間42分だったので、記録的には目も当てられません。ゴールしたとたん、ある人(熊本県民じゃないですよ。)から、「遅いっ!」って言われるほど。確かに当たってるけど、じゃ、自分が走ってみろよって心中で毒づきましたが、声に出す元気も無く。とほほ状態。

風邪で、8日間走れず、しかも、当日も実は熱っぽい。スタート時点では寒い中、悪寒がするし、もって20キロと思ったら、5キロ走った時点で、100%途中でアウトって確信。しかし、あと5キロ、あと5キロと目に見える小目標を立てることで、結局最後まで走ることができました。誰か言っていたけど、「マラソンでは奇跡は起らない。起るのは、練習の結果だけだ。」。そのとおりでした。

ただ、完走できたのは、僕の精神力というよりも、幸山市長を始めとする熊本市民、熊本県民の皆さんの応援のおかげ。途中、何度も、「樋渡市長頑張れ。」って声をかけられましたし、ここで辞めるとかっこわるいよなって思いましたね(笑)。最後は、ゴール直前でハイタッチにしていた幸山市長に思わず抱きつきました。彼がご自身の政治的生命をかけて、このマラソン大会に取り組んでいたことを知っていただけに、感無量でした。その幸山さんの姿勢を垣間見せる、女房役の寺崎英俊副市長のFacebook上でのコメント。

制限時間7時間の最後のランナーがゲートに到着し、市長がフィニッシュタオルをかけてランナーを慰労し、続いて市長による閉会宣言となりました。その後、市長がその場でテレビや新聞記者に囲まれて、ぶらさがり会見をしていると、ゴールゲート方面に車いすをもった医師や看護師チームが何人も走っていきます。

そこには足を引きづりながら、意識もうろう状態で、ふらついているランナーが近づいてきました。制限時間は超えていますから、完走にならないことは誰もわかっています。しかし、そのランナーの歩みを誰も止めることはできませんでした。

記者団がそれに気付き、市長もそれに知り、記者会見は中断。倒れこむようにゴールにたどり着くランナーをゴール付近にいる人が皆、拍手で迎え、市長がフィニッシュタオルを首に掛けました。ランナーはもう歩くことすらできず、車いすで医師団に運ばれて行きました。

記録に残らない、こんなドラマが今日はたくさん生まれたことと思います。たくさんの感動をありがとうございました!



幸山市長、お疲れさまでした。僕が乗ったタクシーの運転手さんも、市長のことをとっても褒めていました。

最後に、わざわざ武雄から応援に来てくださった武内町多々良地区の皆さんに心から感謝いたします。武雄からも多くの皆さんが応援に来てくださっていました。

完走できたのも、日頃からの皆さんの応援のおかげです、また、気持ちを新たに武雄市政、ジョギング、その他いろいろ頑張ります。
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by fromhotelhibiscus | 2012-02-20 21:52
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